小野田寛郎―わがルバン島の30年戦争 (人間の記録 (109))本ダウンロード

小野田寛郎―わがルバン島の30年戦争 (人間の記録 (109))

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によって 小野田 寛郎
4.4 5つ星のうち20 人の読者
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内容(「MARC」データベースより) 戦後30年もの間フィリピン・ルバン島でゲリラ戦を展開。帰国後、半年でブラジルに移住し、牧場経営に尽くした波乱の生涯を綴る。1974年講談社刊「わがルバン島30年戦争」の改題。
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小野田寛郎少尉が、30年に亘る敵アメリカとの戦いを停止し、フィリッピンのルバング島から帰還した時、多くの日本人は過去の幽霊が現れたと思った人が多かったであろう。特にそう思ったのは、おそらく当時の政治家(与野党を含めた国会議員たち)であった。彼らにとっては、思いも寄らない過去の英霊が生きて現れたのであった。その衝撃というより困惑が一つの写真に好く表れている。それは当時の自民党の総裁であった田中角栄と小野田さんが一緒に写っている一枚のスナップである。田中角栄は困惑した或いは迷惑した表情で帰還者と写っている。この一つ取っても、時代の底流と日本人が忘れて来たものを(とくに政治家が)象徴している。現在YouTubeで小野田寛郎の話を聴くと、小野田さんは、実に快活で捌けた頭の好い好漢であった。この様な男でなければ30年のジャングルでの戦いは継続できなかったであろうと思う。現在不幸で且つ驚くべきは彼の様な使命感と判断力に優れた人物を政治屋の中には見い出せないことだ。長いだいぶふやけた時間が過ぎ、日本人の根幹が浸食されてしまった現在という時代を思わずは居られない。小野田はその後日本に馴染めず、一年くらいか半年か?時を置かずブラジルに移住している。あの存亡をかけた戦いは何であったのか?小野田の悔しさを理解できた人は当時何人いたであろうか。投稿者が思うに何よりも幸いなことは、母上が生きて居られて巡り会えたことであった。具体的な事柄は、小野田寛郎の闘いの記録であるルバング島の30年を読んでみてほしい。大東亜の戦いは公開されつつある極秘資料をみると事情は戦後宣伝された言説とは異なっている事がわかる。

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